脳神経の引きこす症状について


脳神経系のもつ独特の性質


【症例04】


長年デスクワークをしてきた。二月前に急に動悸がして些細なことで頭痛に襲われるようになった。外出するのが怖くなり、現在は仕事を休んでいる。外にでたり、一日立ち働くことができなくなり、精神的の強い圧迫感を感じている。しかし、病院の検査では特別の異常な見当たらす、どうしていいものか悩んでいる。


脳神経の緊張とさまざまな症状 頭痛やめまい、顎関節症、眼精疲労、動悸、過呼吸などの症状は、精神的に大きな圧迫感を伴います。電車に乗ったり、自動車を運手したり、エレベーターに乗ったりといったことに抵抗感を感じるようになったり、外出するのが不安になって閉じこもりがちになるなどの、二次的なストレスも生活上大きな負担となります。脳神経の緊張とさまざまな症状

しかし、実際に検査をしてみるととくに問題がみあたらず、「精神的な原因によるもの」「ある種のうつ状態」といった判断が示され、出口のない状態に置かれる方も少なくありません。

このような症状の多くは、脳神経の働きのアンバランスによって生じているもので、けっして出口のない症状などではありません。脳神経の緊張を丁寧に鎮静してゆくことで症状が大きく改善されることが少なくないのです。

このような原因によって生じる症状は、これまで紹介してきた身体の重みや姿勢の影響による症状とはまったく異なる脈絡によって生じてきます。すこし掘り下げてご紹介し手起きたいと思います。

エイブラハム・ガーディナー『戦争ストレスと神経症』(中井・加藤訳、みすず書房、2004)という本では、戦場の過酷なストレスで昏睡に陥った兵士が、意識が戻った後にチック症をともなう例が多く報告されています。

チック症の原因についてはさまざまな議論がありますが、高ぶった脳神経系の過剰なエネルギーを発散し、体内エネルギーの平衡をはかろうとする生理的な反応と捉えるのが合理的ではないかとわたくしは考えています。無理にとめようとすると、かえって症状が悪化するチック症の特徴をよく説明できるからです。

脳神経の領域に発生するさまざまな自律神経症状は、このチック症ときわめて似た特質を持っています。心療内科などでしばしば抗うつ剤や精神安定剤などが処方されるもの、このような背景によります。

脳神経とは、脊髄を経由することなく脳から直接さまざまな器官に分布している神経系のことで、その多くは目や耳、鼻、喉などの頭部の器官に分布していますが、その一部は心臓や気管支、食道、胃や肝臓をはじめとする消化管に分布しています。

とくに、心臓や呼吸器、消化管に分布する迷走神経は、心臓の冠状動脈や気管支を収縮させる作用をもっていて、日中に緊張が高まると動悸や息苦しさなど、生活に支障を生ずるさまざまな症状の引き金となります。


自律神経失調症を克服するために


脳神経のなかの多くは、自律神経のなかでも副交感神経の性質を持っていて、就寝中に活動が活発になります。しかし、睡眠の質の低下や消化管の不調などによって日中の緊張が高まると、ちょっとしたストレスで頭痛やめまい、顎関節症、眼精疲労、動悸、過呼吸などの症状を引き起こすのです。

このような時、頭部周辺の迷走神経の経路や三叉神経の経路、頭部の安定を図る筋肉群や顎の運動をコントロールする筋肉郡に、「痛みやしびれはなぜ出る?」で紹介したように、圧迫すると響きを発するような、過敏な点がいくつも生じています。これらの緊張を鎮静していると、頭が軽くなってゆくような感覚が生じたり、顎の痛みが消失したり、胸中の圧迫が取り除かれ呼吸が楽になってくるポイントがあるのです。

このような症状に襲われると、検査で原因がわからず、さまざまな不安に襲われる方も少なくありません。冒頭で紹介したように、「自動車で高速道路に乗るのが怖い」、「満員電車に乗るのが怖い」、「エレベータに乗るのが怖い」など、仕事や生活面で支障をきたすこともあります。調整をすすめるうえで、この二次的な不安をしっかりと見据えておくことがとても大切です。

脳神経の領域に発生する過敏な点は、脳神経系の緊張の「引き金」をひくスターターの役割をはたしています。このようなポイントの緊張感が高まると、気候の変動やささいなストレス、睡眠の質の低下などがすぐ症状にむすびつく状態になります。いつ症状に襲われるかもしれないという危機感は、過剰な精神的負担を生み、さらに睡眠の質を低下させたり、ストレスに敏感な体質をつくります。

まずは、脳神経の役割をしっかりと理解し、脳神経の緊張を鎮静することによって実際に症状がコントロールできることを知っていただくことが出発点になります。緊張のあらわれているポイントを鎮静することによって、頭痛やめまい、動悸、過呼吸などの症状が抑えられることが理解できると、これらの症状も、手や足の痛みとおなじ神経症状の一種であることが理解できるようになります。とらえどころのないと思われた症状も、発生の脈絡が理解できると大きな安心感をもたらしてくれるのです。

そのおおもとには、ストレスなどによる精神的なエネルギーの過剰があるということも少なくありません。

そこで大切なことは、「よい休息・よい睡眠をとりたい 」で紹介したように、しっかりとした質のよい睡眠が取れるようになることです。大脳がしっかり休息すると、頭部の神経系は、不随意運動をつうじて、過剰なエネルギーや緊張を発散します。その結果、脳神経の緊張を日中に持ち越す度合いが大きく減少するのです。

わたしたちの身体は、本来、大自然のなかで種族の保存をはかり、自己を主張してゆく機能を備えています。しかし、現代の生活では、高度に発達した社旗生活に適合するようにエネルギーを発散しなければなりません。昔のように、おおらかに食べたり、飲んだり、歌ったりといった生活を送ることが難しくなっているのです。仮にエネルギーを発散したとしても、周囲の世界がかならずしもよい形で受け止めてくれる環境にあるとも限りません。

その意味では、現代は多くのストレスを生みやすい時代でもあるのです。ただし、これらの症状は、体内に十分すぎるエネルギーが蓄積されている証です。 そのこと自体は憂えることでも心配することでもありません。自分に対する自信を持っていただきたいと思っています。

この方の場合も、一回目の施術で、頭痛などの症状に大きな変化があらわれ、動悸の回数が大きく減少しました。3、4度と回数を重ねるごとに外出に対する抵抗感が次第になくなり、着実な心身の改善を実感できるようになりました。